ちょっと他の作品が上手く書けなかったので、気分転換に書いてみました。
テーマは「卒業式」です。お題はカケラ紡ぎさんから頂きました。

 とうとうこの日がやってきたか――。俺は『卒業式 式場』と書かれた看板を見つめ、一人佇んでいた。
 今日は待ちに待った卒業式。ここに至るまで幾多の困難が俺達を待ち受けていた。苦痛に耐え切れず、ドロップアウトしてしまった同志たちも少なくない。彼らは今頃何をやっているのだろう。
 感慨に浸る俺の脇を、式に参加するであろう人々がどんどん過ぎ去っていく。ここでボーっとしていても邪魔になるだけだ。俺も会場へ向かうとしよう。

 会場内は大勢の人で賑いを見せていた。彼ら彼女らは皆喜びに満ち溢れた顔をしている。きっと互いの健闘と讃え、これまでの日々を思い出しているのだろう。式の開始まで時間はさほど残っていないが、俺も歓談の輪に加わることにした。
 顔見知りやその連れと笑い合っている時だ。別の談話グループにいた人物が、俺達の元へ紙束を持ってやってきた。どうやら式の進行表らしい。こういった品々を受け取ると、式に参加しているのだと実感が湧いてくる。俺は周りの連中へ紙を手渡してから、進行表に目を落とした。

「卒業証書を受け取って初めて卒業扱いとする。
卒業証書は会場内に隠されているため、式の開始後、各自で見つけ出すこと。
なお、証書を手に入れられなかった者の卒業は認めない」

 ……なんだこれは。卒業できない? 馬鹿な、ここまで来て冗談じゃない!
 会場がにわかにざわつき始める。やはり皆も動揺しているのだろうか。――いや違う。奴らは見定めているのだ。この会場のどこに卒業証書が隠されているかを。

「――これより、式を開始する」

 ノイズ混じりのアナウンスが会場を震わせた。空気がシンと張り詰める。そして、一拍置いた後。
 怒号の声を上げながら、会場内の全員が一斉に散らばり始めた。

 俺も遅れてはいられない。とにかく卒業証書を探さなくては!
 階段の裏、ドアの陰、テーブルの裏。思い当たる場所を片っ端から捜索する。が、見つからない。普通の場所には隠していないのだろうか。

「あった!」

 誰かが歓声を上げた。声の方へ目をやると、天井の梁の上で紙切れを掲げ喜ぶ男の姿が目に映る。くそ、先を越されたか!
 これで見つかった卒業証書は一枚。全部で何枚あるかわからないが、のんびりしていては全部持って行かれてしまう。いっそのこと、誰かが見つけたものを横取りしてしまえば――駄目だ駄目だ、それでは今までと何も変わらないじゃないか。真面目に探さないと。
 俺が焦っている間にも、あちこちから喜しげな声が聞こえてくる。このままじゃまずい。俺の中の危機感メーターが振り切れかかった、その瞬間。

 今までの声とは明らかに質の違った、悲鳴じみた声が会場内に響き渡った。続いて、何か重たいものが倒れるような音。まさかと思って振り返った先には、赤いものの滴る椅子を手にした男の姿があった。彼の足元には、地に伏せた男性の影が。ああ、とうとうやってしまった奴が出たのか!
 ジリリリリ、と、非常ベルのような音が鳴り響く。ベルに続くように、会場のとあるドアが乱暴に開け放たれた。そこから、虎柄のパンツを履いたモジャモジャ頭の大男が、頭部に生えた二本角を煌めかせながら飛び込んでくる。
 大男は、椅子を持った男をパンチ一発でのびあがらせ、そのまま肩に担いで会場を後にした。きっと彼は、あの苦痛の日々をもう一度やり直すことになるのだろう。ここまで耐えておいて、最後の最後で……。俺はいたたまれない気持ちを抑えこみながら、再び卒業証書捜索に戻った。



「あー、今年もリタイアする奴でちゃったかー」。ちゃんと全員分の証書を用意しているんですから、焦らずゆっくり探せばいいのに」
 阿鼻叫喚の渦に巻かれる会場の様子を巨大モニターで監視しながら、法衣のような服を身にまとった巨人が呟いた。
 別の場所の様子を見ようと、彼がチャンネルをいじっていると、背後からドスドスと重苦しい音を立てながら近づく気配があった。先ほど男を連れ去った大男だ。
「閻魔様、暴力を働いた男は地獄に戻しておきました」
「おー、鬼君ご苦労様」
 閻魔のねぎらいを受け、鬼は「いえいえ」と短く返した。
「……そういえば、どうして毎年『卒業式(そつごうしき)』なんて茶番を開催するんですか?」
「追い込まれた時にボロが出るようじゃ、まだまだ生前の業(ごう)が抜け切れてないって事だ。そういう奴を見極めるのには丁度いいだろう」
「成程」
「今年は何人くらい卒業できるかね。去年は確か――」
「二十人前後ですね。途中から大変な争奪戦になって」 
「あっ」
 鬼と会話しながらチャンネルを切り替え続けていた閻魔だが、ある画面を見てその手が止まった。

 そこに映っていたのは、真っ赤に染まった会場だった。

「……行ってまいります」
「……よろしく」
 どうやら、今年も無事卒業できるのは一握りだけらしい。